和名:タイガースネーク
学名:Notechis scutatus
分布:オーストラリア南部
環境:森林、灌木地、湿地
活動時間帯:昼行性
食性:カエル、小型哺乳類などの脊椎動物
全長:1 m程度
毒性:強
虎の様な黄色と黒の色彩が特徴的なコブラ科Notechis属の毒蛇。
属名はnotos+echis 南の毒蛇を意味し、種小名は“盾で武装した”を意味する。
(大きな頭頂版を盾と表現した?または額板が盾のようだから?Etymologyご存じでしたらお教えください)
黄色と黒の警告色をそなえた毒蛇であるほか、
頸部を平くしてフード状に広げる防御行動が知られている。
筆者は1個体しか出会ったことがないが、性格は温和な印象を受けた。
有名な威嚇行動は観察できず、すぐに逃げようとする個体であった。
西オーストラリアの州都パース近郊ほか、島嶼部にも分布する。
島嶼化による体サイズの大型化・小型化が種内で何度も独立に生じている。
これは、オーストラリア本土の個体群と比較して利用できる餌動物のサイズが大きい(哺乳類・鳥類など)
または小さい(小型のトカゲ)ことによって、生じた進化だと考えられている。
主に哺乳類と鳥類を捕食する島嶼個体群では、主にカエルを捕食する本土の個体群よりも相対的に下顎が長くなるという進化が生じている。
なお本個体は西オーストラリア州の州都パースにて撮影した。
2023年末、私は一人オーストラリア州パースに着いた。
初のオーストラリア、見るものすべてが新鮮だった。
はじめて見るユーカリの木々!なんて爽やかな香りなのだろう!
数日後パースで合流する大先輩の桑原さんから現地の友人が近郊にいることを知らされたため、リスクの高い遠出は避けパース周辺にポイントを絞った。
さらに本記事の種解説監修者Torokは以前パースを訪れたことがあったため、その情報をもとにタイガースネークを探すことにした。
Torokによるとタイガースネークは基本的に昼行性で朝夕に日光浴をしているそうだ。
そしてどうやら地元ではよく見られる種らしい。私は湖の周辺の森林や灌木地、湿地を探すこととした。
オーストラリアの日差しは強烈で、私の皮膚は焼け赤くなり、次第に表面がはがれ始めた。
2023年末はエルニーニョの影響で干ばつが続き、異様な乾燥だったのだ。
しかし初めてオーストラリアに来た私は。この気候を通常通りだと思い込んでしまった。
↑数日後には真っ黒に……。
そして愚直に真っすぐに歩き続けた。歩き続けたのだった。
当然、暑すぎてヘビは見つからないのである。
オーストラリアの物価は高い。歩くだけならタダとは言えない。
当時は円安ということもあって空港で水を買おうものならボトル1本4.5~5オーストラリアドルと、500円に迫る価格であった。
さらにクリスマス直後で多くの店は閉店しており、ハンバーガーショップしか開いていないのだが、
これもポテトとドリンクを付ければ、1500円を軽く超えてくる。
このような物価であるため、宿泊や移動全てにおいて経費の嵩む旅行であり、私は次第に焦り始めた。
すべての意味で東南アジアとはタイムパフォーマンス、コストパフォーマンスが異なる。
東南アジアでは毎食300円程度、通常毎日1~3匹程度、運がいい日ならたった1時間で10匹以上のヘビと出会う事もある。
それがオーストラリアに到着3日で1匹もいないとなると、ヘビ1匹当たり費用の差は50倍!?!?
……と意味のない計算を歩きながら初めてしまうほどには追い詰められていた。
転機があったのは、桑原さんとの合流であった。
夕方に空港までお迎えに上がった足で、私が通っていた湖のほとりを歩くことになった。
少しずつ日が沈んでいく中、桑原さんは身一つで湖の方へ行ってしまった。
対する私は撮影の装備を整えるために車から離れられずにいた。
3分もしないうちに桑原さんが爆速で車に戻ってきて「ヘビ!ヘビ!」と叫んでいる!
私は「この湖を何周したと思ってるんだ!なんで俺が見つけられないんだ!!!!」と思ってしまう狭量な自分を
「ヘビが見られるなら誰が見つけてもいいじゃないか」となだめながら、走った。
が、ダメ!いない!
いたはずのヘビがいない。
「カメラとケータイを持ち歩かなかったのは失敗でした。」と桑原さんは言った。
もうオーストラリアのフィールドは始まっていたんだ。あれだけ歩いたのに私は何もわかっていなかった。
悔しい悔しい悔しい悔しい。
ヘビへの思いを捨てきれず、私たちは再び歩いた。
枝を避けるためしゃがみこみ、狭く暗い林内へと分け入った。
そして、しばらく薮を漕いだのち、桑原さんは再びヘビを見つけることとなる。
今度は少し開けた場所にいたようだ。そっと近づくと探し続けたタイガースネークの姿がそこにはあった!
ああ、なんて眩しいヘビなんだ。何日も生き物を見つけられなかったストレス、直前で逃がした悔しさが最高のスパイスとなった。
しばらく発見に酔いしれた。
静寂を破ったのは桑原さんだった。
「外村さん、ここで待っていてもらえます?カメラを取りに行きたいのですよ。」
桑原さんは装備を全て車に残していた。
私は一人で撮影しながら、初見の毒蛇と2人きりとなってしまった。
「私だってホンハブや、アマガサヘビなどを一人で撮影してきたんだ。今回も大丈夫。」
そう自分に言い聞かせながら撮影を続ける。
しばらく撮影していると、森からガサガサと音がして、人がやってきた。
陽気な台湾人(?)が、ものすごい勢いで話しかけてくるではないか。
「やあ!僕にも見せてよ」と言いながらサンダルで近づいてきた彼はヘビの攻撃できる範囲スレスレまで近づいて観察している。
大変に危険な状況である。観光客だから、まさかこのヘビの毒性を知らないのか?
「Dangerous! Be careful!」数少ない語彙で危険性を語るも
今にも咬まれそうな距離でタイガースネークを観察している。
桑原さんに見つけて頂いた手前、逃がされても困るし、咬まれても大ごとだ。
とんだ邪魔が入ってしまった。
そもそも森をガサガサして入ってくる存在が怖すぎる!
気が気でない状況であったが、桑原さんが戻ってきた。
すると「久しぶり!」と言葉を交わしているではないか。
“現地の友人”と聞いててっきり白人系のオーストラリア人を想像していたが、
彼はオーストラリア在住の台湾人、チュウリンという爬虫類マニアだったのだ。
桑原さんは彼に位置情報を送っており、さらに林内から漏れ出るLEDライトの光で私に気が付いたようである。
……無駄な気苦労をしてしまったが、事故無く安全に撮影を終えることが出来てよかった。
記事執筆・撮影者
外村康一郎 Tonomura Koichiro
1994年12月28日 兵庫県加古郡出身
日本爬虫両棲類学会、日本土壌動物学会所属。
幼少期よりヘビなどの爬虫類を愛好。2015年ボルネオ旅行を皮切りに、世界中で爬虫類の撮影を行う。
2017年観賞魚、爬虫類用品メーカーのジェックス株式会社へ入社、2018年より同社爬虫類部門EXO TERRAの商品開発担当、2021年退職。
2021年7月18日放送のNHK「サイエンスZERO“やんばる”世界遺産へ 奇跡の森になったワケ」ではホンハブの撮影に協力。
NHK取材陣と共に、かつて米軍の管理下にあった返還地の森で案内を行う。
「日本ヘビ類大全」「所さんの目がテン!公式ブック 生物多様性がわかる かがくの里」ヘビ写真提供ほか、
「ワニ大図鑑: 分類・進化・生態・法律・飼育について解説」へのイリエワニ写真提供など、爬虫類写真家としても活躍中。
参考文献
Aubret, F., & Shine, R. (2009). Genetic assimilation and the postcolonization erosion of phenotypic plasticity in island tiger snakes. Current Biology, 19(22), 1932-1936.
Cogger, H. (2014). Reptiles and amphibians of Australia. CSIRO publishing.
Keogh, J. S., Scott, I. A., & Hayes, C. (2005). Rapid and repeated origin of insular gigantism and dwarfism in Australian tiger snakes. Evolution, 59(1), 226-233.